言わぬは災いの元

人の顔色を伺ってしまう人って、自分が何か口から発する時に‘こう言ったらこの人はどう思うんやろう…’とか‘こんな風に思われるかもしれない…’とかが頭の中で先立ってしまって、結局何も言えなくなってしまう。

言わないから昇華されない気持ちは溜まっていくし、‘言う’という行為に一向に慣れないし、逆に‘言わない’事に慣れてしまうので、結局何も言わなくなるという悪循環。口は災いの元って言うけれど、じゃあ口に出さなければ平和じゃない?と思ってしまうのです。

でも自分の感情を言葉にしないってやっぱり結構キツイんですよね。昇華されない感情は溜まりに溜まっていつか大爆発を起こす。でもそうなった時には「何で今まで言わなかったの?」って言われてしまう。言わない事を選んだ自分を棚に上げて、‘いや、言えない状況を作ったのはお前だろ’とか思ってしまう。だけどやっぱりそんな事言えないから押し黙ってしまう…。(多分この場合は「その時は言えなかったんだ、ごめんね」というのがきっと正解なんだろうな…)

多分、自分が感情的になる事に対して何らかの抵抗があるのやと思うのですが、相手に自分の感情を伝えるってやはり重要で、でも、言わない事に慣れてしまった人にとって、その習慣を覆すのって結構難しい事なんですよね。

だから最初は‘相手への自分の感情’じゃなくて、‘ただ単なる自分の感情だけ’という簡単な事から始めたら良いんじゃないかと思ったのですよ。

何か食べて「美味しい」とか、何か見て「綺麗」とか、「嬉しい」「楽しい」とか「疲れた」「悲しい」とか、自分が感じた感情をとりあえずそのまま素直に口に出して言ってみる。頭の中で思うだけじゃなくて、言葉にして出してみる。誰にも聞こえないような声でも良いから、とりあえずポロっと口に出してみる。口を動かしてみる。

これ、普通に普段から出来てる人は不思議に思うかもわからないのですが、言わない事に慣れてる人って、それすら声に出して言わないんです。頭の中で完結しちゃうんですよ。口動かさないんです。というか動かないんです。良くてちょっと表情が変化するくらい。

感情を押し殺してグッと堪えてる時って、口をギュッと紡ぐじゃないですか。ずっとその状態なんです。それに慣れちゃってるんです。

誰かに話せば気が楽になるって、多分、自分の感情を口から出して言葉(言霊)にして昇華させてるんやと思うんです。よくある漫画とかで魂が口から出てるようなイメージ。

口は災いの元やけど、経験上言わない事も後々の災いの元になり得る。災いにならない為にもちょっとずつ昇華させるのが吉ですね。




敢えて繋がらないということ

昔に比べたら、繋がろうと思えばものすごく簡単に繋がれる世の中になっていて、繋がれない人間というのが若干肩身が狭い…みたいな風潮になっているのですが、私は敢えて繋がらない人に、強さというか、美しさみたいなものを感じるのです。
人と繋がっていない時間、孤独な時間って、自分の中で色んな事を自己満足で創造してるんですよね。

引きこもる事で逆に世界が広がるって、この間何かの記事で読んだのですが、本当にその通りやと思っていて、
1人でいる時に浸っている世界って、現実の世界よりも物凄く広くて居心地の良い所なんです。

自己満足な妄想って、人が自分の夢を叶える上でものすごく重要なプロセスで、それこそ‘思考は現実化する’っていうのはそういうことやと思うのですが、

どこか孤独の中に生きてる人って、誰の役にも立たないような、自分だけの、ものすごく事細かに設計された世界というものを持っていて、1人でいる時はその世界の中で生きてるんですよね。で、ある時その世界と現実世界がふと繋がる時が来る。

人の妄想話って聞いているとものすごく面白くて大好きなのです。そういう世界もあるのか!ってワクワクします。そんな夢物語…って笑う人もいると思うんですけど、夢物語も描けないような人が現実世界で面白い事が出来るとは思えないんですよね。

現実での自分の世界を広げたいのなら、無理やり現実世界で頑張って繋がろうとするんじゃなくて、まず自分ひとりの妄想世界を広げる方が近道なんじゃないかと最近は思っています。

やりたい事がわからない

「自分のやりたい事が分からない」って私的によく陥る現象です。

今やってる事は別にやりたくてやってる訳ではない…だったら自分は何をやりたいんやろう…って。

この間スーパーに行った時に、自分の食べたい物が分からなくてしばらく売り場に呆然と立ち尽くすという状態になって、「おいおい、自分そこまでか!?食べたいものすら分かんないのか!?」ってなって、その時にやっと「あぁ、疲れてるんやな…」と認識したのです。疲れが溜まってる時っていうのは自分が分からなくなる事が多いです。

自分が何をしたいのか、どうしたいのか、何を求めているのか…考える事すらしんどいくらいに疲弊している。いわゆる脳疲労というやつ。

こういう時はあがいても空回るので、意図的にひたすらじっと何もしないようにする術を覚えました。

ただ寝っ転がって、息をしてぼーっとする。多分俗に言う‘瞑想’に近い状態やと思うのですが…。

そのうち眠たくなったら「あぁ、私は寝たかったのか…」とか、お腹がすいて来たら「なんか食べたいのか…じゃあ今何が食べたいのかな?」とか、単純に「トイレに行きたい」とか…そういう事から徐々に自分の欲求を意識して取り戻していく。そしてその欲求に素直に従ってあげる。

自分を大事にするってそういう事なんですよね

自分にご褒美をあげるって、高い化粧品とか服とか、美味しいものを食べるとか、そういうものを想像しがちやったんですが、自分の欲求に素直に従ってあげるっていうのが1番のご褒美やと最近は思っています。

小さい欲求から始めて、1つずつ単純に従っていく。それを繰り返していくうちに欲求が大きくなっていってすぐには叶えられないような物になる。それが「自分がやりたい事」に繋がっていく。

まだやりたい事って正直分からないんです。
でもやっと自分の好き嫌いの感情は見えてくるようになりました。表に出す出さないは別にして、自分の意見をしっかり持つという事。自分の流れには乗っても他人の流れに流されない事。無理せず頑張りすぎない事。認めてあげる事。しばらく続けていこうと思っています。