2020年07月29日

運気の良し悪しについて

占いをしていると、“運気が良い時期、運気が悪い時期“みたいな言い回しをよく見かけます。そしてよく聞かれます(笑)

結論から言うと、私は運の良し悪しは結局はその人次第、自分で決めるものだと思っているのです。なんだか煮え切らないなぁと思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。


大抵の人は、運気が悪い時には悪いことがたくさん起こる、運気が良い時には良いことがたくさん起こる…みたいに思っていると思います。

運気が悪いと言われている時の悪い出来事というのは目立ちやすいのですが、運気が良いと言われている時に“あぁ〜運気が良いなぁ”と感じる人はあまりいないようです。

どちらかというと“今年は運気が良いはずなのに、一個も良いことないんやけど…どういうこと?!”と、憤慨している人の方が多いのではないでしょうか。


何故このような現象が起こるのかと考えてみたのですが、そもそも占いや精神論の世界では善悪の判断という物が存在しない事に起因するのではないかなと思います。

“平和、平穏、無”
これこそが1番の幸せだと謳っている本は沢山あります。つまり、“何も起こらない事”が1番幸せなのだという考え方です。
その事に気付かない限り、運気が良いという風には感じる事は出来ないのでしょう。


世の中の全てのものは、調和が取れた状態になろうとします。行き過ぎたものには抑制がかかり、足りないものは補おうとする力が働きます。

占いの世界では、この世の中は『天・人・地』の3つの要素から成り立っていると言われています。
天(天体、惑星からの力)
人(持って生まれた身体の力)
地(地球、大地からの力)

これらの3つの調和を取るために、色んな出来事が起こっているという事です。

私達は『天』の力をどうこうする事は出来ません。惑星を爆破したり、念力で動きを止めたりできるのであれば別やとは思いますが…
となると、自分達でどうにかできるのは『人』と『地』の力。

『人』で調整しましょうっていうのが陰陽五行の考え方。四柱推命等で自分の性質を知ったり、漢方とかアーユルヴェーダなどなど、人間自身を整える方法。
人相などもこの分類に入ってくるのではないかなぁと思ったりもします。

『地』で調査しましょうっていうのが、九星気学や風水とかそういうもの。大地のエネルギーをお借りしましょう、気の流れを変えましょう的なもの。家相とかはきっとこの分類なんでしょうね。


で、一体何が言いたいのかと言うと、運気というものは、自分で動かない限りは、大概は自分の力ではどうする事もできない『天』の影響を最も受けるという事です。

ちなみにこの『天』の動きを読んで、なんとなくの流れを予測しましょうっていうのがホロスコープなどの占星術ですね。

『天』の力がある方向に強くなり過ぎている場合、もしくは弱まり過ぎている場合、そのバランスを取るために『人』もしくは『地』に影響が出てきます。

これによって体調を崩したり、引っ越しをせざるを得なくなったり、一見運気が悪い時期という風に捉える事も出来るのですが、自分ではどうする事もできない変化が起こりやすいという意味では“出会い”や“大きなイベント事”など、今後の人生に良い影響を及ぼすような出来事も起こりやすいというのも実はこの時期なのです。

良いと捉えるか、悪いと捉えるかはその人次第というのはこういう事です。

物事の良し悪しはコインの表裏のようなものなので、私は最近は何かを伝える時に、出来る限り“良い悪い”という言葉を使わないようにしているのですが、世の中的に“良い悪い”という言葉は分かりやすくキャッチーなので、あらゆる所でよく使われていると思います。(良い手相とか悪い手相とかいうのもそれです)


このブログを読んでくださっている方には、何かの占いやら何やらを見たり聞いたりした時に、この事を思い出して頂きたいなぁと思っています。

占いに良し悪しはないという事。

運気が良い時→平穏に過ごせる時期
運気が悪い時→色んな変化が起こりやすい時期
と頭の中で変換してもらって、運気が悪い時期というものに悪いイメージを持ったり、妙に怖がったりしないようにして頂きたいのです。

“この変化はバランスを取るために、平穏=幸せになるために起こっている事なのだ”と思えるようになれば、目の前で起こっている事が一見悪い出来事のように思えても、少し気が楽になると思いますし、後々“あの変化のお陰で…”と思えるような出来事に必ずなると思います。




手相鑑定に興味がある方はこちらをどうぞ↓

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posted by ひのとえり at 23:09| Comment(0) | 占い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月14日

言葉の持つ毒について

毒舌という言葉があるように、“人が使う言葉は、時に蠍が持つ10倍以上の威力の毒になる”というのを何かの記事で読んだ事があるのですが、最近、ネット上の誹謗中傷などで人が死んでしまったりしているのを見ると、やはりそうなんやろうなと思わざるを得ません。

となると人間は誰しもが猛毒、つまり凶器を持っているということになります。この凶器を使うか使わないか、どう付き合っていくのかで人の真価が問われるような気がします。

愚痴や批判、誹謗中傷など、誰しもが自分にかけられて良い気分にはならない言葉というのが毒で、称賛や感謝、許可の言葉など、自分がかけられて気分が良くなる言葉というのは、一種の解毒剤のような立ち位置だと私は認識しています。

悪い言葉を吐くという事は、周りに毒を撒き散らしているのと同じ事。コロナウイルスに陽性になった腹いせに“俺はコロナだ”と店員さんに向かってわざと唾を吐きかけたりする迷惑千万な輩となんら変わりはないのではないかと思います。

“はじめに言葉ありき”
聖書でも有名な文言で、いろんな解釈がありますが、私は“言葉によって自分の世界が形作られる”という意味も含まれているのではないかと思います。

言葉は波動です。波動は同じ波長の物を引き寄せます。良い言葉を吐いていれば良い波動が生まれ、良い出来事が寄ってくる。悪い言葉を吐いていれば悪い波動が生まれ、悪い出来事を引き寄せる。
状況を良くしたければ、まず無理矢理にでも良い言葉を使うようにする事。

これを知ってからは、極力悪い言葉は使わないようにしていますし、そうする事で実際どんどん周りの状況が良くなるという経験もしています。
でも私もまだまだ出来た人間ではないので、たまに愚痴の一つや二つ吐きたくなる時、吐いてしまう時があります。

ついつい愚痴を溢してしまった時は、“でもこういう良いところもあるんだよね…”とか“その人のおかげで自分がそれを嫌だっていう認識ができたんだよね”とかいうフォローを必ず入れるようにしています。
毒を吐いてしまったらすかさず解毒。綺麗さっぱり掃除をすれば、ギリセーフなのではないかと…。

悪口は劣等感の話とも繋がってくるので、悪口は言ったもん負けなのです。結局のところ負け犬の遠吠えにしかならないのです。
大きく成功する人は毒がない人だと思います。自分を守る為の毒を持たない人。良い言葉を吐いて、良い出来事を引き寄せて、周りの人達の毒まで解毒していく。そんな人だと思います。

私も早いところ毒を捨て去りたいものです。

posted by ひのとえり at 15:37| Comment(2) | 精神論的な事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする