光と影

963EA03A-4C03-43C8-AC97-200D2628F6D3.jpg

私の周りには、自ら光を発せる人達が沢山いて、キラキラしているその人達が物凄く羨ましく思えたし、光を発する事が出来ない私は、何とも言われない劣等感を感じてしまっていたのです。

何とか光を放つ術を手に入れられないだろうか、鍛えられないものだろうかと、無理矢理にでも光を発しないと付いていけないような環境に身を置いてみると、やはり私は自ら光を発する事を得意とする人間ではない事を痛いくらい再認識しました。ある程度楽しもうとはしてたし多少楽しめた部分もあったけれど、結局苦痛でしかなかった

ただそれは決してネガティブな気付きではなく、むしろポジティブな気付きだったと思います。

というのも、ある場所でのお別れの日に、緩衝材みたいな人だったと言われたのです。

皆がバラバラにならないように、マルッと包み込むような存在だった”“ギスギスしがちな空気の中で、心の拠り所だったと。

特段意識してそう振る舞おうとしてたつもりはなかったので、その言葉を貰えた事はとても嬉しかったし、自分の存在意義はそこにあるんだろうなと感じられたのです。

無理矢理光を放とうと頑張る必要はなく、光っている人達に対して劣等感を抱く必要もない。

光が存在する為には影の存在は必須で、光が弱っている人達が再び強い光になれるように、私は濃い影になってあげたら良い。ただそれだけの事なんやと思います。

世の中の物は全て陰陽で成り立ってる。

そして私は生まれながらにして丁(ひのと:陰の火)の性質を持ってる。知ってたのにね。何かしら足掻いてみたいお年頃やったという事にしておきます。

この記事へのコメント