2020年05月25日

結局のところ欲は捨てた方が良いのか?

精神論とかの本を読むのも好きなんですが、そういう本によく書かれているのが、幸せになりたいなら『欲を捨てなさい』という言葉です。
基本的には欲を持つという事は良くないこととされている事が多い気がします。
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ただ、“金持ちになるには“とか“地位をあげたいなら“みたいな自己啓発系の本には『欲を持ちなさい。ガンガン攻めなさい!』と書かれている事が多い。

結局どっちやねん!?ていう話なんですが、私の見解としては、人間関係など自分以外の人に関する事に対しては欲を捨て、自分自身に関する事には欲を持てという事なんやろうなと思うに至りました。他人に自分の欲を求めるなという事ですね。


単純に、満たされた生活というものを簡単に手に入れようとするならば、物や地位というものへの執着は断ち切った方が手っ取り早い。
つまり、そもそも欲を持たなければ、高い理想を持たなければ、常日頃から“なんか満たされない…“なんて思う事もないという事ですよね。


“夢や目標が見つからない…“という相談事を受ける事もあるのですが(かつて私も悩んだ事がありますが…)、実は“夢や目標が見つからない“状態って、かなり恵まれた状態なんですよね。
それこそ無欲の状態で仏教の世界では良しとされる状態。

それなのに悩むっていうのは、夢や目標を持つ事がカッコいいとか良しとされる風潮のせいもあると思いますし、“何かしら悩んでいなければ不安になる“とか“ある程度のストレスは感じていた方がよい“という、人間の元々持ち合わせているドM性みたいなものから来るのかもしれません。それに持っていない“夢や目標“を欲しているという事になるので、それこそ『欲』を捨て切れてないって事になるんでしょう。

悩みたくなければ前述したように『足るを知れ』って事になるんでしょうが、あのお釈迦様だって、辛い過酷な修行を経て悟りを開いた後“苦行なんて全て無駄だった“と言っているように、結局のところ、どんなに物質的に満たされている状態でも、どんなに恵まれた状態にいても、どんな辛い状況に自分を追い込んで欲を捨てようとしても、欲というのは勝手に出てきてしまうもの。

つまるところ大事なのは、“出てくるもんはしゃあないんやし、それに惑わされるな“という事なんやと思うのです。
あとは、“欲の無い状態に感謝しなさい“って事なのかなとも思います。


でも自分を成長させるには『欲』というものは切っても切り離せないもの。その辺での欲はやっぱり持った方がよいと思うんですよね…。

だ〜からぁ!結局どっちやねん!?と思うと思うのですが、まぁちょっと落ち着きましょう。

ややこしくなってきたので、とりあえず“欲≒試練“と捉える事にしましょう。

“欲を持つ“という事は“自分に試練を課している“という事。だから欲を満たすためには頑張らないといけない。試練をクリアすれば欲は消えていくという流れ。

自分自身に対して欲を持つ事、つまり自分に試練を課すことは成長に繋がりますが、他人に対して欲を持つ事、つまり人に対して自分の試練を押し付けてしまうと、当然ながらなかなか自分の思う通りにはクリアしてもらえない…だからイライラもするしもどかしくもなると思うのです。
そして、自分に課せられた試練を人にクリアしてもらったとしても結局は満たされないのです。
自分がクリアしようと思ってたゲームを人にクリアされても嬉しくないでしょう?

だからこそ欲は自分自身で処理していかないといけないし、他人に欲を満たしてもらおうとしても結局満たされずに、さらに欲が出てくるだけだという事やと思うのです。


欲≒試練が無いのなら、その状況をありがたく思い、欲≒試練が出てきたら自分自身で立ち向かってクリアしていく…。
これこそが“欲を捨てる、欲を手放す”ということなのかなと思います。


とりあえず今の私は欲にまみれてしまっている気がするので、ひとまず欲の仕分けから始めてみようと思います…。断捨離、断捨離!




posted by ひのとえり at 08:19| Comment(0) | 精神論的な事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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