2018年明けてます!

2018年明けました。
明けてから結構経っていて、働いている方は仕事初めもとっくに済んで正月ボケから抜け出している頃かと…

そんな中、私は長期休みを頂いて、山陰に住む祖父母の家に行ってきました。
1月6日が私の尊敬する祖母の誕生日やったので、当日に直接祝ってあげたいと思っていたのです。

なにかと忙しない時期に生まれた故に、ついうっかり忘れられたり、当日に盛大に祝ってもらうのがなかなか難しかったり…。今までも祝えたとしても年末の私の誕生日と一緒に…とかくらいしか出来なかったのです。

別日に祝ってもらうのも勿論嬉しい事ですが、当日って、やっぱり格別やと思うのです。これは同じく祝ってもらいにくい年末生まれの私の自己満な考え方やもわかりませんけども…。

でも涙しながら喜んでもらえたので、ひとまず孝行できたかな…と思っています。


さて、毎年やっている前年の振り返りと今年の目標立て、今年もやりたいと思います!

まずは2017年の振り返り。
2017年の年始に立てた目標は

①継続して得られる何かがある事を知る
②自分をもっと好きになってあげる
③要らないものを削ぎ落とす

でしたが、
①②に関してはなんとなく達成出来たような気がしています。年々自分というものが確立されていって、自分で自分を扱いやすくなっていっています。ようやく自分を認めてあげられる度量が付いてきたという所でしょうか。
お店もゆるゆるとですがなんとなく続けられてますしね…
③に関しては中途半端にクリアな感じ。
知識などに関する余分な物、無駄なプライドなどは削ぎ落としたつもりです。あとは、多少削ぎ落とせてた脂肪が年末年始の外食続きで見事に戻ってしまったので、半分継続で今年も削ぎ落とし計画を立てていこうと思います。

それを踏まえた今年2018年の目標は

①自分軸で思うように生きる。
②綺麗な言葉を発するように心がける。
③怖がらない
④脂肪の削ぎ落とし

です!

まず①ですが、他人と比べてクヨクヨしないという事です。いかんせん自己評価が低い故に他人と比べたり、人に何か言われたらすぐに凹むという得意技を持っているのですが、今年は他人の評価や他人との比較に左右されず、自分の時間軸で自分が満足出来るように自分なりに頑張る事に努めます。

②は、愚痴や悪口を言わないという事です。
言霊の影響力はやはりすごいものやと実感しているので、なるべく前向きに、良い言葉を使うように心がけようと思っています。

③の怖がらないというのは、挑戦する事、人からの評価を怖がらないという事。
ちょっと①とダブる部分もあるのですが、自分のやりたい事を素直にやるってものすごく勇気がいるし、人からどう思われるか…とか不安になるものです。それを蹴散らして、出来るだけ自分の気持ちに素直になって、何でもやってみるようにする。

④はそのまんまなのですが、運動もさることながら今年は食事に特に気をつけようと思っています。去年の食生活はボロボロやったので、ちゃんと自分の為にもご飯を作るようにしようと思っています。それをお店にも還元できたらいいなぁとも思っています。


2018年、自分らしく、年末に振り返った時に良い年やったと言えるように邁進したいと思います。

どうありたいか

今、何かしら自分のお店に対する感情がモヤモヤしたものになって来ているのは、単に秋やから…とか人肌恋しい季節になってきたから…とかいう理由ではなく、前店とかひのとをやり出した頃の〝私やってこれくらいできるねん!〟とか〝絶対見返したる!!〟みたいな気持ちが無くなってきているからやと思います。
お店をやる前の感情は、他人が創り出した未熟な自分像というものをぶち壊してやりたいっていうものやったのですが、今のモヤモヤはきっと、他人が創り出した出来る自分像をぶち壊したいという真逆なものに変化している事からくるものやと思います。


自分はこんなもんじゃない!とか、誰かを見返すとかいう一種の反骨心とか、誰かに認めてもらいたいって承認欲求とか、頑張って背伸びしてしまう事によって、人ってものすごい力を発揮できたり、成長できたりするんですけど、同時にものすごく自分を傷めつける事もあるんですよね。
それが無くなったっていうのは私にとっては歓迎すべき事で、出来る自分像を壊したいっていうのは「自分、まだまだダメ人間ですねん…」って、ただ単に謙遜してる訳ではなく、未熟な自分を認めるって事やから、私にとってはより一層歓迎すべき感情やと思っています。


今年は色んな事に向き合って、取り組んで、自分の限界を見極める年になったと思っています。
自分で出来る事、頑張ったら出来る事、出来るっちゃ出来るけど人に頼んだ方が早い事、自分じゃ無理な事、頑張りたくない事、全くもって興味がない事……色々な事が自分の中ではっきりしてきた気がします。


今後気をつけていきたい事は、他人からどう思われたいかではなく、自分がどうありたいか…自分が何をしたいか…を突き詰めていく事。
もっと自分勝手に過ごす事に重きを置いていきたいのです。もちろん自分勝手ではありながら傍若無人にはなるつもりはないですが…。


〝お客様が喜ぶものを作る〟ではなくて、〝自分が創りだしたものでお客様に喜んでもらう〟をしっかりと実現していけたらと思っています。このニュアンスはもしかしたら伝わりにくいかもしれませんが、お客様本位か自分本位かの違いはかなり大きいものです。

お客様ありきの商売ですから、その辺りのバランスはとっても難しいのですが、限りなく趣味に近い商売という頭で、来年は新しいものを創っていきたいと思っています。
えぇ、飽き性なもんでね…。同じ物ばっか作ってると嫌になっちゃうんですよ。
ひのとを続ける為にもね…お許しくださいましね。







ご飯屋がダメでお菓子屋がOKやった理由

料理とかお菓子作り好きなんですねって言われて『………。いゃ、嫌いじゃないけども………。』ってなって、最近ずっとモヤモヤしてたんですよ。
自分が好きな事、夢中になれる事って何なんやろう…って。
考えに考えた結果、私がやりたい事、好きな事はただただ〝誰かを喜ばせたい〟〝誰かを驚かせたい(良い方面で)〟に集約される事が分かりました。
その為なら身を削ってでも頑張れるし、時間も忘れられる。

今は飲食業で落ち着いてるけど、料理やお菓子作りじゃなくても、誰かが喜べは、誰かが驚けばそれで良い。

前店、ご飯屋であるeskapiが苦しくなってしまった理由、それって、私の中でのご飯作りの位置付けって〝自分が大切だと思ってる人達に作るもの〟で、例えば母親が家族の為に作るとか、彼女が彼氏の為に作る…みたいな感覚やからやと思うんです
ハンバーグが好きって言ってたから超絶美味しいハンバーグを作ってあげようとか、今日は体調があんまり良くなさそうやから消化に良さそうな物を作ろうとか、濃いめの味が好きやからちょっと濃いめに味付けしとこうとか、作る相手の事をよく知った上でその人が喜ぶであろう物を作るのが好きなんです。
だから、友達とか常連さんとかならまだしも、不特定多数のよく知らない人達の為にご飯を作るってなると、まず〝この人は何が好きなんやろう〟〝お口に合うのだろうか〟〝味は濃いめ?薄め?どっちが好きなんだ??〟っていう色んな不安が先立ってしまって、確実に喜んで貰えたかどうかが分かりにくいという点で苦しくなってしまったという事やと思います。
入ってきた瞬間に顔を見ただけでその人の好みやその時の体調とかを察知できる能力があったりとか、「私が作るもんは美味しいんじゃ。つべこべ言わずに食え!」っていうのが出来る性格やったら苦しくはならなかったんでしょうけど…。

だから気心知れた友達とかに「eskapiで食べたグラタンが美味しかったから、また食べたいんだよね」って言われたら「いや、言ぅてくれたらいつでも作るよ!」って言えるけど、ご飯屋をまたやろうとは思えないのはそういう理由からやと思います。

で、お菓子屋が今はしっくりきているのは、ただ単に美味しいお菓子を作れるスキルを持っていたからっていうのも1つの理由ではあるけれど、お菓子って嗜好品であって、お菓子が好きな人、もしくはお菓子が好きな人の為にしか買わないじゃないですか。
で、お菓子が好きな人って、そのお菓子がよっぽど好みじゃなかったり不味くない限りは、どんなお菓子でも幸せを感じる訳じゃないですか。お菓子を貰えると喜ぶじゃないですか。だからやと思うんです。
お菓子を買う人がお菓子好きじゃなかったとしても、その人の大切な人がお菓子好きやったら、贈り物として間接的に人を喜ばせる事も出来る。

ご飯でもそうじゃね?って突っ込まれてしまうと、まぁ、そうやけども…ごにょごにょ…ってなってしまうのですが、より一層限定されるというか、自分がその人の事をよく知らなくても確実に喜んでもらえるという実感を得やすいっていう所でしょうか。


何はともあれ、何となくスッキリしたし、今後も人に喜んでもらう為にとりあえずお菓子を作り続けようと思うし、驚いてもらえるように全力で何かしら考えようと思っています。