2020年03月19日

表裏一体

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テレビをつけたら毎日コロナコロナと騒がれていて、何が本当なのかよく分からない情報ばかりで、勤務先でも「マスクないですよね?いつ入りますか?」を聞き飽きるくらい聞いて、買い出しに出ればトイレットペーパーの棚がすっからかんで…謂わゆるコロナ疲れを感じている今日この頃。

でも悪い事ばかりかといえばそうでもなくて、
いつもは運が良ければ座れる程度の通勤電車はここのところ確実に座れるし、路上ゴミが目立ってた河原町通りも最近は比較的綺麗やし、外国人の団体さんに道を塞がれてイライラすることもなくなった。
普段から家に引き篭りがちなので、不要不急の外出を控えるようにと言われた所でストレスを被ることはないし、逆に籠る口実ができるし出掛けなければいけない時には人が少なくて有難い…


コインの裏表のように良い事と悪い事は同時に起こっています。

どこに目を向けるかは自分次第という事ですね。

些細な事でも問題として大きく取り上げてしまっているのは自分だと気づく必要があると思うし、起こる出来事に対して価値を付随して判断しているのも自分だという事も頭の片隅に置いておかないといけないと思います。

起こる事はどうしたって起こる訳で…
自分ではどうしようもできないことに振り回されているのは人間だけやなと今の世の中を観ていて思います。

どうせ振り回されるなら、悪い面ばかり観て悲観的になるよりかは、その中での不幸中の幸いを見つけようと、ゲーム感覚的に日々過ごす方が健康的な気がします。

不安とか恐れとかは溜まると必ず何処かしら身体に症状として現れるので…。楽観視しすぎはどうかと思いますが、ちょっとくらい楽観的に過ごす方が今は良いのかもしれません。
posted by ひのとえり at 15:42| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

1人外食恐怖症

いつ頃からか1人外食が出来なくなって、勝手にそれを1人外食恐怖症と名付けました。

一時的なものかなと思ってたのですが、多分自分でお店をやり出してからあたり、怪しくなってきたように思うので、かれこれその症状とは5〜6年くらいの付き合いになります。

全く出来ない訳ではなく、知り合いのお店や顔の知れてるお店にはまだ行く事はかろうじて1人で入る事はできます。これも怪しい時期はありますが…。

1人外食が出来ないと、友達と予定を合わせない限り新規開拓出来ないし、行ってみたいお店ばかり増えていって辛いのです。

1人でお店に行くと、どうしても経営者目線で見てしまったりして、純粋にそこの空間を楽しめないというのが大まかな理由やろうなと思っていたのですが、この間、意を決して行ってみたかったお店に入った時に、怖さを感じる別の理由が判ったような気がしました。


まず、お店のドアを開ける時に感じる恐怖について。この恐怖を感じてる人ってどのくらいいるんでしょうね…

お店に入るには当たり前の事ですがドアを開けなければならないのです。ドアを開けたら店側の空間なんです。

お店に入った時の空気感というのはお店に入ってみないとわかりません。中には空気感が外まで漏れ出ているお店もありますが…。

意を決してお店のドアを開けて、入った時に感じた最初の空気感というのは、経験上自分の中での居心地の良さに繋がってきます。
柔らかいのか、尖ってるのか、ゆるいのか、硬いのか…これはお店のインテリアとか店員さんの声色、そこにいるお客さんの雰囲気とかも多少は関係しているのかもしれませんし、その時の自分の精神状態にもよるのかもしれませんが、お店全体から発せられている空気感です。

この感覚はなんとも表現し難いのですが、このお店は自分にとって大丈夫か、大丈夫じゃないかみたいな判断がドアを開けた瞬間に自分の中で瞬時に下されるのです。
例えが悪いかもしれませんが、心霊スポットに近づいた時に“あ、これなんかちょっとヤバイ空気じゃない?”みたいなのって感じる事があると思うのですが、そんな感じに似てると思います。


入ったら最後、最低でも数十分はその空間に居なければいけないじゃないですか。(やっぱやめときます…って店を出る勇気は私にはありません)

それでいて、椅子に収まったら収まったで、お店の人になるべく失礼のないように振る舞おうとしている自分にも気付くのです。物凄く緊張してしまうのです。

いわば、今の私にとって新規お店開拓は、面接会場に向かうようなものなのです。ノックして失礼します…と入っていく、あの緊張感です。

もしくは茶道のお稽古で先生の前で点前をするような感覚…。

お店側に試されているような居心地の悪さ。

自分がお店をやってる時に、1人で来るお客さんに対してそんな事は全く微塵も思わなかったし、むしろ嬉しかったので、これは単なる私の被害妄想である事は確実なのですが、どうしてもその観念からしばらく抜け出せずにいます。

なんでこんな観念が身についてしまったのかは未だ謎ですが、原因がわかれば対処もしようがあるってものです。

なんとかこの観念をひっぺがして、今後再び1人外食を楽しめるまでに持っていきたいと思っています。

ラベル:一人外食
posted by ひのとえり at 09:57| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月06日

陰の極み

人を頼ったり弱みを見せるということがとかく苦手です。

人を信用していない訳ではなく、おそらく人に迷惑をかけたくない(というより人に借りを作りたくない…かな)とか、色々考えてる間に自分でやってしまった方が早いとか思ってしまうからやと思っています。

ただ気力体力的にも自分の限界というものが見えてきて、人を頼らざるを得ない状況が最近は増えていっている気がします。

そういう時の自分の感情は“不甲斐ない”とか“申し訳ない”になってしまうのです。

多分、頼れば助けてくれる人は周りに沢山いると思うし、きっと弱みを見せたとしても離れて行く人は少ないと思うのです。

でも自分の中で、“強くありたい”が勝ってしまうのやと思います。弱い自分をまだ認めたくない。悪あがきしている時期なんやろうなと。ただ、常に不安が付き纏うのも事実。
そういう時期はとにかくなるべく人に会わないように、家に籠もってしまいます。


話は飛びますが、この間、髪を切りに行った時に美容師さんがカットしている途中に急に「私のカット、大丈夫ですかね?」と聞いてこられたのです。

大丈夫じゃなければリピートはしないし、すごく扱いやすくなっていて日々快適ですよとお伝えしたら「そう言ってもらえるとすごく自信になる」と。

長年それを仕事として専門にやっている人でも不安になる事があるのか…と。
接客業かつ技術職でその不安をお客さんに直接ぶつけるのはどうかと思う人もいるかもしれませんが、私は物凄く好印象でした。

不安に思うという事は、傲り高ぶっていないという事。まだまだ伸びようとしている証拠やから。

表に出す出さないは別として、誰もが少なからず不安を抱えているという事にも、ちょっとした安心感を覚えました。

今、自分的にも世の中的にもなんとなく切り替わりの時期で、今までやってきた事と、これからやっていきたい事の狭間にいる状態で、状況がはっきりせず気持ちが不安定になっているんやと思います。

幼虫が蝶になるには一旦サナギになる必要がありますし、種がなければ芽は出ません。

成長する過程で、一旦内に籠るというのは自然の摂理なのかもしれません。
最近習ったのですが、籠るというのは一白水星の象意。一白水星は陰の極み。陰は極まれば陽に転じる。

行くところまで行ったら、多分勝手に外に出たくなるんやろうと、素直に人に頼れるようになるんやろうと思いながら、ひたすら家に籠もってこの文章を書いています。

posted by ひのとえり at 22:31| Comment(0) | ひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする