天職って

『今の仕事が天職です!』って心から言える人って世の中にどれくらいの割合でいるんやろう?
私は今現在、お菓子屋と薬剤師と職業を2つ掛け持ちしているのだけれど、薬剤師の方は大学に通っている時点で絶対に私にはこの仕事は向いていないし、この先ずっとこの仕事を続けたくないっていうのは分かっていました。

もう1つのお菓子屋という職業も、好きかと問われれば、ちょっと誤解を産むかも分からないけれど、『よく分からない…嫌いではないけれど…』とぼんやりと答えるしか出来ない職業なのです。
ただ、薬剤師よりかはかなりマシ…という感覚です。あくまで私にとっては…ですが。

『お菓子作りがめっちゃ大好きで、この仕事を天職やと思っています!!』とは自信を持っては正直言えないのです。

ただ、昔からお菓子はよく焼いていたし、焼けば美味しいものが出来上がってくる。それを食べた人達が褒めてくれる…だから焼く。そんな感じです。

私にとって仕事って、人を喜ばせることが出来るならそれで良いんです。これがお菓子作りじゃなくても、他に何か私に出来る事で、より多くの人が喜んでくれる何かが見つかれば速攻そっちに転職しても良いと思っています。
ただ、今は薬剤師は嫌やし、他にお菓子作りくらいしか人を喜ばせる方法を知らないからお菓子を焼いている…

でも案外、天職ってそんなもんなのかな…?って思います。

好き嫌い関係なく、何故か昔から興味があるもの、出来てしまう事。それで人が喜んでくれる事。人に何かしら貢献できるもの…。それが実感出来る仕事。

お菓子作りを辞めようとしても、お菓子を焼く機会がどこかしらからやってくる。こんなにも利用しにくいお店の形態でもお店に来てくれる人がたくさんいる。

その現状から考えて、やっぱり今の私はお菓子を焼くしかないんだって思わされます。

この先、もっとたくさんの人を喜ばせたいし、もっと貢献したいし、その為に自分が今後何をすべきなのかをしっかりと考えていかなくてはならないなぁと感じています。




ホスピタリティ

お休みを頂いて久しぶりにディズニーランドに行ってきました。
ディズニーランドとかのテーマパークなどでよく見られるホスピタリティ精神というのは、お店をやる上でとても参考になります。
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夢を見せる側っていうのは、夢を見せられる側よりも、もっとしっかり現実を見れてないといけないと思うのです。現実をきちんと把握した上で、その現実をいかに見せないようにするのかっていうのが夢を見せるって事やと思っています。

ディズニーランドとかUSJとかアイドルとかもそうですが、どうしてファンがたくさん付くのかっていうと、あそこに行けば、その人に会えば、必ず自分の気持ちが良くなる、幸せな気分を味わえるって思うからなんですよね。

飲食業や、その他の接客業も同じ事で、お店を続ける為にはいかにお客様にお店のファンになってもらうかっていうのが大切になってくると思います。

ひのとの場合、お店=自分なので、いかにこの人からお菓子を買いたいって思ってもらえるようにするかが重要なのです。焼き菓子屋さんなんて世の中にたくさんありますから…。

『与えよ、さらば与えられん』
キリストが言ってたように、人を喜ばせて、幸せな気分にできれば、巡り巡って自分が喜ぶような出来事がそのうち降り注いでくるはずです。

いかに人を喜ばせられるか…、どうやったら幸せな気分を味わってもらえるか…本当に難しい課題なのです。必死で頑張って空回りする事も多々…。お店の事だけじゃなくて、人として生きていく上でも大切な、でも基本的な事やと思っています。

しっかりと現実を見る、人には現実を見せないようにする、とにかく人を喜ばせる…

今後の大きな課題です。






#ディズニー#ホスピタリティ#ディズニーランド

しゃあない

最近、『しゃあない』って言葉を多用している自分に気がついて。これは自分にとってはとても良い傾向なんじゃないかと思っているのです。

しゃあないって思うのは、目の前に起こっている事象をとりあえず認識して受け止めてるって事やから。
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何のために生まれたのか?とかって、なんとなく難しそうで、なかなか答え辛い疑問やけど、私の中での今の時点での見解は、『何かを学ぶため』って事になってます。

その何かっていうのは、世の中の真理やったり、人として大切な事やったり、色々やと思うのですが、例えば人生そのものが学校やと考えたら、私は今32年生で、32年生で学ぶべき教材、教科書が現実に起こっている事象って事になって、たまに起こる試練的なものが、学校でいう試験って事になって。大きな試練は受験的な立ち位置ですよね。

学校では真剣に学ぶ気があれば、試験で良い結果がとれて、学ぶ気がなければ留年するわけですが、それと同じように、人生でも学ぶ気があればどんどん良い結果が出て、学ぶ気がなければずっと成長できずに一定のレベルで止まる。
試験で良い点数をとれば合格できて、それと同じように試練を乗り越えたら1つ上の自分になれて…

ただそれだけの事なんやと思っています。

だから、目の前に起こる現象は、良い事でも悪い事でも全てそこから何かを学ぶ為に起こっていて、良い結果が欲しいのであればしっかりと問題文を読んで、考えて、対処して、答えを出さないといけない。

答えが解ったなら解答用紙にちゃんと記入するという行動を起こさないといけない。解っていたの行動に移さなかったっていうのは、ただのアホって言われてしまうから。

そういう風に考えてると、なんとなく頑張れるようになるんです。じゃあ学べるだけ学んで、なんやったら飛び級できるくらい頑張ってやろうかって。

神様は、ちょっと頑張らないと難しいかなっていう問題を出してきます。でも頑張れば解ける問題ばっかなんです。
気分的に解きたくない時もあるけど、結局は解かないと昇級できないですから。

何の為に勉強してんのか分からない大学受験より、人生のお勉強の方が断然やり甲斐があるし楽しい。