ご飯屋がダメでお菓子屋がOKやった理由

料理とかお菓子作り好きなんですねって言われて『………。いゃ、嫌いじゃないけども………。』ってなって、最近ずっとモヤモヤしてたんですよ。
自分が好きな事、夢中になれる事って何なんやろう…って。
考えに考えた結果、私がやりたい事、好きな事はただただ〝誰かを喜ばせたい〟〝誰かを驚かせたい(良い方面で)〟に集約される事が分かりました。
その為なら身を削ってでも頑張れるし、時間も忘れられる。

今は飲食業で落ち着いてるけど、料理やお菓子作りじゃなくても、誰かが喜べは、誰かが驚けばそれで良い。

前店、ご飯屋であるeskapiが苦しくなってしまった理由、それって、私の中でのご飯作りの位置付けって〝自分が大切だと思ってる人達に作るもの〟で、例えば母親が家族の為に作るとか、彼女が彼氏の為に作る…みたいな感覚やからやと思うんです
ハンバーグが好きって言ってたから超絶美味しいハンバーグを作ってあげようとか、今日は体調があんまり良くなさそうやから消化に良さそうな物を作ろうとか、濃いめの味が好きやからちょっと濃いめに味付けしとこうとか、作る相手の事をよく知った上でその人が喜ぶであろう物を作るのが好きなんです。
だから、友達とか常連さんとかならまだしも、不特定多数のよく知らない人達の為にご飯を作るってなると、まず〝この人は何が好きなんやろう〟〝お口に合うのだろうか〟〝味は濃いめ?薄め?どっちが好きなんだ??〟っていう色んな不安が先立ってしまって、確実に喜んで貰えたかどうかが分かりにくいという点で苦しくなってしまったという事やと思います。
入ってきた瞬間に顔を見ただけでその人の好みやその時の体調とかを察知できる能力があったりとか、「私が作るもんは美味しいんじゃ。つべこべ言わずに食え!」っていうのが出来る性格やったら苦しくはならなかったんでしょうけど…。

だから気心知れた友達とかに「eskapiで食べたグラタンが美味しかったから、また食べたいんだよね」って言われたら「いや、言ぅてくれたらいつでも作るよ!」って言えるけど、ご飯屋をまたやろうとは思えないのはそういう理由からやと思います。

で、お菓子屋が今はしっくりきているのは、ただ単に美味しいお菓子を作れるスキルを持っていたからっていうのも1つの理由ではあるけれど、お菓子って嗜好品であって、お菓子が好きな人、もしくはお菓子が好きな人の為にしか買わないじゃないですか。
で、お菓子が好きな人って、そのお菓子がよっぽど好みじゃなかったり不味くない限りは、どんなお菓子でも幸せを感じる訳じゃないですか。お菓子を貰えると喜ぶじゃないですか。だからやと思うんです。
お菓子を買う人がお菓子好きじゃなかったとしても、その人の大切な人がお菓子好きやったら、贈り物として間接的に人を喜ばせる事も出来る。

ご飯でもそうじゃね?って突っ込まれてしまうと、まぁ、そうやけども…ごにょごにょ…ってなってしまうのですが、より一層限定されるというか、自分がその人の事をよく知らなくても確実に喜んでもらえるという実感を得やすいっていう所でしょうか。


何はともあれ、何となくスッキリしたし、今後も人に喜んでもらう為にとりあえずお菓子を作り続けようと思うし、驚いてもらえるように全力で何かしら考えようと思っています。







流れ

大きく流れが変わるのは人生に何回かあるけれど、小さな流れが変わる時期っていうのは年に何回か訪れるもので、なんとなく今年は春と秋、ririの羽根の生え変わりと同じくらいの季節の変わり目に来ている気がします。
その時期っていうのはなんとなくモヤモヤして、なんとなく寂しいという感情が何もなくても勝手に出てくるので、感情を制御するのにちょっと苦労します。

何もなくても…というのは語弊があって、多分普段なら気にも留めない些細な出来事に対しても敏感に反応してしまう、とか、気付いてしまうという時期っていうが正しいのかもしれません。


実際にそういう時期には縁が切れる、繋がるが多くなって、結果的にはプラマイゼロなのですが、繋がった方にはフォーカスが行きにくくて、切れる方ばっかりに目が行ってしまうから、モヤモヤするんやと思います。

縁さえあればまた繋がる、今の自分にとって必要なくなったから縁が切れる…切れる事で新しいものと繋がる…

もともと勝手に切れた縁を追いかけるタイプではないですが、頭では理解していても、やっぱり実際に誰かと、人だけではなくて何かしらと疎遠になるっていう体感はなかなか寂しいもんです。
で、バシッと「んなもんしゃあないやんけ!」ってズバっと感情を断ち切るっていうのもなんとなく人間味がない気がするので、しばらくは寂しがっとくのも良い気がします。
きっとそのうち繋がる方にフォーカスが行って勝手に楽しくなっていくから。

でも、あぁ、また居場所が変わったんやなぁ…って、マイナスな方に目が行かないくらい、もうちょい楽観視できる大人な人間になりたいものです。

遊牧民気質って面倒くさいけど、自分を成長させるにはやっぱベストやと思うし、私はそういう生き方しかできないと思うのです。

出来るだけ自分が楽しめるように、可能性を追い続けられるように、しっかり全部受け止めていこうと思います。

天職って

『今の仕事が天職です!』って心から言える人って世の中にどれくらいの割合でいるんやろう?
私は今現在、お菓子屋と薬剤師と職業を2つ掛け持ちしているのだけれど、薬剤師の方は大学に通っている時点で絶対に私にはこの仕事は向いていないし、この先ずっとこの仕事を続けたくないっていうのは分かっていました。

もう1つのお菓子屋という職業も、好きかと問われれば、ちょっと誤解を産むかも分からないけれど、『よく分からない…嫌いではないけれど…』とぼんやりと答えるしか出来ない職業なのです。
ただ、薬剤師よりかはかなりマシ…という感覚です。あくまで私にとっては…ですが。

『お菓子作りがめっちゃ大好きで、この仕事を天職やと思っています!!』とは自信を持っては正直言えないのです。

ただ、昔からお菓子はよく焼いていたし、焼けば美味しいものが出来上がってくる。それを食べた人達が褒めてくれる…だから焼く。そんな感じです。

私にとって仕事って、人を喜ばせることが出来るならそれで良いんです。これがお菓子作りじゃなくても、他に何か私に出来る事で、より多くの人が喜んでくれる何かが見つかれば速攻そっちに転職しても良いと思っています。
ただ、今は薬剤師は嫌やし、他にお菓子作りくらいしか人を喜ばせる方法を知らないからお菓子を焼いている…

でも案外、天職ってそんなもんなのかな…?って思います。

好き嫌い関係なく、何故か昔から興味があるもの、出来てしまう事。それで人が喜んでくれる事。人に何かしら貢献できるもの…。それが実感出来る仕事。

お菓子作りを辞めようとしても、お菓子を焼く機会がどこかしらからやってくる。こんなにも利用しにくいお店の形態でもお店に来てくれる人がたくさんいる。

その現状から考えて、やっぱり今の私はお菓子を焼くしかないんだって思わされます。

この先、もっとたくさんの人を喜ばせたいし、もっと貢献したいし、その為に自分が今後何をすべきなのかをしっかりと考えていかなくてはならないなぁと感じています。