お菓子作りは自己満です。

自分の中でこれは絶対いける!っていうレシピが3つくらいしかなくて、(そこそこ何となく美味しいのんは適当に作れるんですけどね)自信を持ってお客様に「これ美味しいから食べてみて!」って言えるくらい自信のあるレシピをちょっとずつ増やしていこうと思って、ブールドネージュ(簡単に言うとスノーボールクッキー)を焼きまくっています。
03839DB8-8D14-46A9-91BF-4A9F00E5C54F.jpg

作業工程、材料が分かりやすいので、初心者でも簡単に作れる!っていうスノーボールクッキーですが、簡単だからこそ難しくって…

改めて基礎の大切さというか、自分の知識の乏しさに辟易としています。

小麦粉を使う場合は動物性油脂を使用した方がグルテン形成がしにくいとか、米粉を使用する場合は液状油の方が保水性が増すとか…片栗粉入れたらサックリする(これはあまり味的に好きではなかった…)とかネットを調べたら色んな情報が出てくるのですが、焼いて食べてみないとわからないっていうのが辛いところ…。でも配分変えてメモってやり直して…って分析するのって結構楽しくて。

研究者向きなのかなぁ…薬剤師でも企業とかの研究開発とかやったらやり甲斐あったのかもしれないですね。ん〜でも学生の時、菌体と向き合うのもネズミさんに注射打ったりするのもあんまり好きやなかったからなぁ…慣れるんでしょうけども…

話がそれましたが、結局のところお菓子なんて好みの問題やし、私が好きな食感とか味が他の人にハマるかって言われたらそんな事もないやろうし…
でも自分がまぁまぁ美味しいって思ってる物と、本当に美味しいと思える物やったら、後者の方を自信を持ってお勧めできる人間でいたいんです。

結局のところ自己満ですよ。でも組織に属していないのなら、それって結構大事な事やと思うんですよねぇ。せっかく個を出せる環境にいるんやから個を出していかないと…


そんなこんなで今日も配合変えて焼いてみます〜。




#お菓子#ブールドネージュ#スノーボールクッキー#クッキー#お菓子作り


隠し味は…

「隠し味は愛情です♡」ってよく言うじゃないですか。私はあれがすごく好きで、実際のところ愛情は本当に隠し味になると思うし、大事なひと手間やと思っています。
料理だけに限らず、誰かの為を思って作った物って必ずその物の中に作った人の〝何か〟が入り込むと思うんです。

今の日本の食品加工の技術って凄いと思うのですが、レトルトの食べ物でも冷凍食品でも美味しいんですよね。
でもレトルトパックのカレーとお母さんが作ったカレーってやっぱりなんか食べた時の感じ方が違うくないですか?たとえ市販のルーを使っていたとしても、箱に書いてある通りの作り方をしてたとしても、なんか美味しいと思うんですよね。

お店のカレーとお母さんが作ったカレーでもそれは当てはまる事で、お店のこだわってるカレーってもちろん美味しいんです。でもお母さんのカレーもやっぱり美味しくて特別じゃないですか。

カレーじゃなくても炒飯でもハンバーグでもオムライスでも、何でも当てはまるんですが、あの食べた時の美味しさの感じ方の違いって、やっぱり作り手の愛情の違いやと思うんです。

自分が作った物より人が作ってくれた料理の方が美味しく感じたり、自分で淹れた珈琲より人が淹れてくれた珈琲の方が美味しかったりするのも多分同じような原理やと思うんです。

同じレシピでも作り手が違えば全く違う物になります。食べ物って作った人の性格やったり、その時の作り手の感情がもろに出るジャンルやと思います。

だからお店をやるにあたって大事な事は、いかに自分をニュートラルな状態に持っていくかやと思っています。highでもlowでもない安定した状態。
愛情以外の余計な感情が入り込まない状態。多分分かる人にはすぐにバレてしまうから…まぁ、気付かない人の方が多いとは思いますけどね…

ガトーバスクが、レシピも材料も何も変えてないのに「なんか前より美味しくなってる気がする」ってよく言われるようになったのは、多分、自分の感情のコントロールが上手くなってきたからやと思います。プラス、集中して作れる環境になった事と、作業に慣れてきて気持ちを込めやすくなったからっていうのもあるのかもわかりません。

それを踏まえて今後自分がどんな物を作っていきたいかっていうのが最近ちょっとずつ自分の中で出てきだして、ちょっとずつ楽しくなっていきそうな予感です。
この事に関しては、多分話し出すと長くなると思うのでまた別記事で書こうかなって思ってます。









下半期入りました

2017年、下半期に入りました!
もぅ半年過ぎたかぁ…という気持ちと、まだ半年もあるのかぁ…という気持ちと…。

一気に祇園祭ムードに入る京都に、少しのわくわくと、少しのうんざりとが入り混じった複雑な感情を抱きつつ、不快指数100%(私調べ)の気候に毎年の事ながらメッタメタに打ちのめされております。

さて、下半期に差し掛かったところで、もう一度1年の目標を振り返ってみようかと思いまして…。

半年前に掲げた今年の目標は

①継続して得られる何かがある事を知る
②自分をもっと好きになってあげる
③要らないものを削ぎ落とす

でしたが、比較的どれも遂行できてるのではないかと…。

この半年間で私の中での1番大きかった出来事はジムに登録したという事なのですが、何故〝登録した〟という表記にしたのかというのがミソで、〝行きだした〟とか〝行っている〟という進行形ではないのですね。

というのも、キャンペーンによる5ヶ月の縛りが済んだらジム通いは辞めようかと思ってるのです。なんや、やっぱし続かへんのやん、ぷぷ〜(笑)って思われてる方が過半数やと思われますが、違うのですよ!よく聞いてください。

最初のうちは週2くらいで真面目に通ってたのです(よくある話で、最初だけ頑張る的なね)。で、雨とか降るじゃないですか…そうするとね、着替えとかお風呂セットとかいっぱい荷物持ってジムまで行くのがめんどくさくなる訳じゃないですか…(やっぱよくある話)でね、こっからが私らしい所なんですが〝じゃあ家でなんとかしよう〟ってなるんですよ。ジムでやってた事を家で再現しようとし出すんですよね。要するにここの筋肉を動かせば良い訳だから、こういう動きをすれば良いのか…とか。もちろんジムのマシーンみたいに大きな負荷はかけられないけど、有酸素運動とかはエア縄跳びで代替出来るし、自重の筋トレも出来ちゃうんですよ。で、家でなら比較的ほぼほぼ毎日続けられちゃったりするんですよね…

で、もう一個重要なのが、人がいると集中出来ない…っていう事。自意識過剰って思われるかもですが、昔からそうなんです。1人黙々とやりたいんです。学生の時のテスト勉強でもそうやったのですが、図書館とか自習室とかでは全然集中出来なくて。家に籠ってひたすらやるっていう方が頭に入ってくれるんです。
多分、頑張ってる自分を見られるのが嫌なんやと思うんです。裏では血反吐を吐くくらい努力してても、表では平然とやってのける(ように見せかける)。出来ない自分はカッコ悪い、カッコ悪い自分を人に見られたくない…っていう部分が小さい時からあるんです。

そのくせ、人から「なんでも出来て良いよね〜」とか軽く言われたりすると若干イラっとくる、努力は見せないくせに認めて欲しい派なので、物凄くめんどくさい奴なのですが、(そこでサラッと「そうでしょ〜ふふん」とか受け流せるようになったら大人ですよね)まぁ、そういうめんどくさいところも私の可愛い部分よねって最近は自分に言ってあげるようにしてます。

話がそれましたが、そんなこんなで、家で出来てるならいちいちジムに通わんでもえぇなぁって思ったのです。むしろ家で、誰にも(riri以外)見られてない所で必死の形相で頑張ってた方が効率が良い気がして。

まぁ、ジムみたいに自分が苦手そうな場所に思い切って登録したという挑戦は認めてあげたいし、運動以上に食べ過ぎてるからあんまし効果は出てない気もするけど、苦手な運動をほぼほぼ毎日続けられてる自分も認めてあげたいです。

で、下半期はとにかく仕事面での削ぎ落としに力を入れようかと思っています。〝なんとなく出来るからやっちゃう〟→〝確実に出来る事しかやらない〟に変換したいなと。
〝しかやらない〟っていうのはあまり好きな言い方ではないのですが、あっちゃこっちゃ手を出すのを辞めて、今出来る事を何個か絞ってそれを伸ばそうという感覚です。
やらなければいけない事はしっかりこなしつつ、出来る事をやりたい事に仕立て上げていく所存です。


さ、今日も不快すぎる天候やけど、がんばろ〜!